なんといっても、自慢の大浴場♪

こんにちわ!

もうすぐ9月になりますが、案の定残暑も続いていて過ごしにくいのと

東京では8月中雨が降っていた日が例年より多かったりと、

なんだか今年の夏は、モヤモヤとすっきりしない天気が続いていますね。

気分をリフレッシュするには大きなお風呂でゆっくりと・・・、そこで

当館の大浴場は、檜の浴槽に足を伸ばしてゆったりはいれる自慢の施設で、

ご宿泊のお客様に大変ご好評をいただいております。

どうぞ、県南方面でのご宿泊は、プラザ荒川沖をよろしくお願いします。

 

 

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リニューアルキャンペーンあとわずか!

おはようございます

 大寒もすぎ、寒さも一段落でしょうか?まだまだ寒い冬が続きますが、皆様いかがお過ごしでしょうか

いよいよリニューアルキャンペーンもあと数日になってきました

1月31日までのご宿泊予約でプラザ荒川沖ホームページから、シングル一泊5000円でご利用いただけます。

この機会に是非ともビジネスホテルプラザ荒川沖をよろしくお願い致します

今日の大浴場もこんな感じです、温まります

大浴場1

 

休館のお知らせ

 

平素は当ホテルを御利用いただき御厚情のほど、心より御礼申し上げます。

8月の12日より16日まで全館メンテナンスのため休館とさせていただきます。営業再開は17日よりとなっております。

少しづつですがリニューアルも着々と進んでおります。

今後ともホテルプラザ荒川沖をよろしくお願いいたします。

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身近な酉の市(阿見町)

阿彌神社(阿見町)酉の市にて

 

当ホテルから阿見町方面へクルマで10分弱―阿彌神社の酉の市に行ってきた。もちろん、商売繁盛を祈願して熊手を買うためである。

 

正面の鳥居から本殿までおよそ200メートルであるが、その本殿に向かってすぐ右手に熊手を売る店があった。屋号「栄商」さんである。年配のご主人と、そのほかに揃いの半纏を着た若衆が数人に加えてきれいな娘さんもいる。正に活気に満ちているという、こういう雰囲気がとても好きだ。

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熊手のサイズはいろいろとある。もちろん、値段は大きさによる。店の中でもひときわ目を引くのが正面奥に飾ってある特大サイズのもので、値段は50万円もするという。しかも、すでに売約済みでることに重ねて驚いた。それでも、昔はもっと大きな熊手があったそうだ(今ではあまりに大きなものは職人が作らなくなったとのこと)。

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さすがに50万円というわけにはいかないが、手ごろな大きさの熊手を手に入れた。すると、栄商の皆さんが拍子木を使って手締めをしてくれる。それがなんとも気持ちよい。

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栄商さんはこれから三の酉(27日)に合わせて浅草に向かうというが、来年もこの地に来てくれるという。ぜひ来年も熊手を購入したいと思った。

「女子力」とは、、

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最近、「女子力」という言葉が盛んに使われています。

あの人は「女子力」が高い、低いとか。

本来「女子力」は女性ならではの感性を生かして、

仕事に力を発揮するという意味だったはずなのですが、

今では、

「いかにオトコの気を引くか」

「どうやったら分不相応な恩恵に与ることができるか」が、

「女子力」の目指すところになっている気がします。

そういう意味では、

「上手に媚びを売ることができる」は

明らかに「女子力」のひとつです。

ひところ多かった、

いかにも仕事ができるぞというキャリアウーマン然とした人は、

今では同性からも「楽しそうじゃないな」

「あんなに無理しなくてもいいのに」と見られていますよね。

今、女性が憧れているのは、

仕事もできて、女としてもかわいくて素敵な人。

となると、

テキパキ仕事をしながら、

家でも母や妻としてもきちんとしなきゃいけない。

こりゃ女性は大変です。

そういう意味で、

高度なテクニックとして

「媚び」を上手に使える女性が一目置かれるといったことはありそうです。

そもそも「媚び」とか「ゴマすり」という言葉が、

否定的に使われていた時代は、

日本人全体がコミュニケーション下手だったと思うんです。

「黙っていても真意は伝わる」という

家族主義的な職場の人間関係のなかでは、

人を褒めるほうが楽しそうだなとは思っても、

なかなかみんな恥ずかしくて口に出せない。

「社長、今日のネクタイ素敵ですね」とさらりと言えたり、

そういうことに長けた人はやっかみを買い、

「あの女、社長に媚びている!」と

糾弾されていた面はあったと思います。

コミュニケーション能力が求められる今から見れば、

時代を先取りしていたんですけどね。( 笑 )

もちろん今でも、

「露骨な媚び」は同性から反感を買いますから、

「媚び」は巧妙かつ複雑化して、

もはやオトコは

「媚び」を売られていることすら気づかないかもしれません。

というわけで、

ブラウスの胸元を大きく開け、

甘えた声を出すといった

昭和な感じで媚びを売る女性は、

むしろ天然で、

素朴な人柄といえるのかもしれません。( 笑 )

 

『 クレンズダイエット 』 とは、、、

フルーツ

「クレンズダイエット」をご存知でしょうか?

フレッシュジュースを使ったダイエット方法なのですが、

美しく痩せられるということで、、

海外のセレブの間で人気があるそうです。

クレンズダイエットに限らず、フレッシュジュースにはさまざまなメリットがあります。

量販店やホームセンターでジューサーを購入すれば、

誰でも簡単に栄養たっぷりな手作りジュースを堪能できますよ!

http://diet.beauty.yahoo.co.jp/db/detail/252/

 

ラジオ体操を作った茨城県人とは、、

遠山

「腕を前から上げて、背伸びの運動からぁ」と聞くと、身体が自然に動きだしませんか?

< 自然に身体が動く「つなぎ」と「流れ」のリズム体操 >

これほどまでに、日本人の身体に刻み込まれたラジオ体操。

実はこのラジオ体操を作ったのは、茨城県出身の遠山喜一郎さんです。

『 遠山喜一郎(とおやま・きいちろう)  』

遠山さんは明治42(1909)年に茨城県に生まれました。優れた身体能力で体操競技に打ち込み、昭和11(1936)年に開催されたベルリンオリンピックに日本代表選手として出場。  後に、日本体操協会副会長を務めるとともに日本にいち早く新体操を紹介し、その普及と発展に尽力した人物としても知られています。

遠山さんが作成依頼を受けたのは、戦後のラジオ体操再改訂版(現在のラジオ体操)。再改定版ですから、それ以前に改訂版が存在しました。しかし改訂版は、動作が複雑な上に難しく、ほとんど国民に浸透しなかったため、昭和21(1946)年の放送開始から1年半で中止になってしまいます。そこで、遠山さんをはじめとする原案作成委員たちの、新しいラジオ体操を作るための取り組みが始まりました。

作成に当たって重点を置いたのは、動きの「つなぎ」とリズムの「流れ」。

「一度動き出したら、音楽に乗って最後までやりきれるものでなくてはならない」というのが遠山さんの体操理論。それまで日本にはない身体の動きは、作成するのが非常に困難だと思われていました。しかし、戦時中に土浦海軍航空隊予科練で体育教師を務めていた遠山さんは、その時すでにリズム体操を訓練に取り入れていたのです。その経験を生かし、ラジオ体操をたった一人で作り上げました。

そして、昭和26(1951)年5月、ついにラジオ体操の放送が開始されました。その出来映えはあまりにも素晴らしく、アメリカ空軍の大佐から「自分たちの基地でも取り入れたい」と申し入れがあったという逸話が残されています。

< ラジオ体操に対する熱意が、終戦直後のGHQをも説得   >

こうして戦後のラジオ体操は、アメリカ軍からも認められる存在となりましたが、そこに至るまではかなり険しい道のりでした。終戦直後、日本はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の占領統治下に入ります。しかし、すぐにラジオ体操が中止になったわけではありません。敗戦の日の1週間後には、当然のようにラジオ体操は再開。それほど、日本人の生活に密着した存在となっていたのです。

しかし、それを目にしたGHQ内でラジオ放送を管轄していたCIE(民間情報教育局)は、NHK(日本放送協会)の幹部職員を呼びつけ即刻中止を指示します。なにしろNHKラジオから流れてくる号令に合わせて、約300万人ともいわれる人たちが一斉に同じ動作を行うのです。欧米人にはまったく理解できず、ある意味、恐怖を覚える光景だったのかも知れません。

当時、GHQは「軍国主義的及ビ極端ナル国家主義的イデオロギーノ普及ヲ禁止スルコト」という日本に対する戦後教育を行っていました。ともすると、全体主義的に見えるラジオ体操が禁止されるのは当然のことでもありました。そこで、ラジオ体操関係者らが、「ラジオ体操は気分をさわやかにするもので、争いをなくすには効果的だ」と説得します。実際に連合軍の将校たちの前で体操を見せるなどの努力の結果、ラジオ体操は再開されたのです。

遠山さんも戦後のラジオ体操改訂版が中断したときには、全国の教育委員会を廻り、県民体操や市民体操の制定を求めて奔走しています。上からの統制ではなく、国民が自発的に行う民主主義的な活動であるなら、GHQも規制できないと考えたからです。

実際に、遠山さんは茨城県民体操をモデルとして作成。

現在も、県内にある多くの小・中学校で取り入れられています。

< ラジオ体操の素晴らしさは、富士山の美しさと同じ >

日本でラジオ体操が最初に放送されたのは、昭和3(1928)年のこと。アメリカの生命保険会社が考案したラジオ体操を実施し、日本での簡易保険普及のために活用しようと考えたのです。そして、郵政省簡易保険局が制定し、生命保険会社協会とNHKとの共同で広められました。しかし、NHKで簡易保険の広告をすることはできず、集団的精神を培養するためとして事業は進められました。

ラジオ体操の黎明期には、全国に広めるためのさまざまな取り組みが行われました。体操をしながら眺める「体操掛軸」や「体操人形」の作成、また、「国民体操宣伝隊」を組織し、全国各地を廻る取り組みもなども行われています。また、「健康星取表」というカードの無料配布も行われました。体操をした後に星を付け、1銭の貯金をする。ラジオ体操をすると、健康とお金が手に入るというわけです。   さらに、体操の指導者育成も積極的に行います。全国各地でラジオ体操指導者講習会が開かれ、修了者には「指導者章」が授与されました。昭和13(1938)年には約11,000人が指導者として認定され、各地で「ラジオ体操の会」が発足。さらに全国統一組織「ラジオ体操連盟」が結成されました。

これが現在の「全国ラジオ体操連盟」の前身です。

そして現在、ラジオ体操関係最大のイベントとして「1000万人ラジオ体操・みんなの体操祭」が毎年開催されています。このイベントは、1000万人にも及ぶ人々が一斉にラジオ体操を行うという壮大なもの。昭和38(1963)年からスタートし、株式会社かんぽ生命、NHK、NPO法人全国ラジオ体操連盟主催で、毎年、開催地を変えて行われています。草の根的な人気の高さは、ラジオ体操関連書籍が好評であることなどからも伺うことが出来ます。   夏休みの早朝、まだ涼しい風が吹く中を、ラジオ体操の出席カードを首から下げて広場まで走った…。そんな思い出のある方も多いと思います。

遠山喜一郎さんは、

生前、こんな言葉を残しています。

「富士山は裾野が広いから美しい。ラジオ体操も同じだ。国民全体がやって、はじめて素晴らしいものになるんだ」。

みなさんも少しだけ早起きして、ラジオ体操を日課にしてみてはいかがですか?

 

効果を最大限に!運動する前後にオススメの食事

運動をできるだけ効果的にするには、前後に食べる物や運動中に飲む物を変えましょう。運動中に水を携帯して水分補給をしている人や、運動後のエネルギー補給には何がいいかを考えている人に役立つ情報が、雑誌「Eating Well」のサイトに載っていました。運動効果を最大限にでき、運動中にも満足できる食べ物・飲み物をご紹介します。

まず最初に、運動の最中に水分補給をするなら水が一番いいでしょう。スポーツドリンクのようなものは、砂糖もカロリーも入っています。水だけでは味気ないという場合には、レモンやライムやキュウリを少し入れるといいです。普通の水よりも、少し味のある飲み物の方がいいという人は、たいてい運動中に水分を多く摂る傾向にあります。

運動の前には、高タンパク質で、食物繊維の豊富な玄米や全粒粉の炭水化物など低GIの食事(食後に血糖値が急上昇し難い食事)がオススメ。運動の後は、コップ1杯の牛乳(チョコレートミルクでもOK)が体の回復を助けます。バナナやピーナッツバターもいいです。基本的に、運動の後は炭水化物を摂ると効果的です。