霞ヶ浦の湖水に潜む西浦と北浦の別名称。その由来は?

茨城県が誇る霞ヶ浦。言わずと知れた湖沼面積全国2位の、美しくも広大な湖です。この霞ヶ浦についての、興味深い呼び名の違いについての話をご紹介します。地図イラスト(1)の水域を『霞ヶ浦(西浦)』と標記しているのを見かけたことがある、という方は少なくないと思います。対して(2)の水域の名称は『北浦』です。『西浦』と『北浦』。しかし、ちょっと待ってください。地図上、西にある『西浦』は理解しやすいですが、その東側にある水域が、なぜ『北浦』と称されているのでしょう? この謎を解く鍵は、(3)の『外浪逆浦(そとなさかのうら)』側の地域にありました。

『北浦』は、鹿島台地と行方台地の間を南北に分ける水帯です。そこから南側に位置する『浪逆浦(なさかのうら)』から見て「北側にある浦」だからという明瞭な理由により『北浦』との呼び名が生まれ、以後、定着したのです。『浪逆浦』から『北浦』にかけての位置にある現・鹿嶋市の場所が、実は一番のポイントとなります。古くより鹿島神宮が祀られていたことでわかるように、かの昔からこの地には多くの人々が生活していたのです。大勢の人が生活していたからこそ、理屈に合った呼び名も生まれるというもの。そうして室町時代ごろ『北浦』と呼ばれるようになるまで、この水域は、遥か上代(飛鳥時代から奈良時代を指す)の時代から『流海(ながれのうみ)』と呼ばれていました。歴史的にも重要な水路であり、また大切な生活する場所だったのです。

まず北浦ありき、その西にあるから名称は西浦

『北浦』の次は『西浦』について。『霞ヶ浦(西浦)』と標記されるのは、かつて幕末の時代、『霞ヶ浦』の名称と共に『西浦』とも呼ばれていた名残り。『西浦』である理由は、あきらかに『北浦』の西側に位置していたから。『西浦』すなわち『霞ヶ浦』は、まず『北浦』が認識されたうえで存在する湖だったということになります。

『霞ヶ浦』の名称の移り変わりを説明しましょう。東側の『北浦』が『流海』と称されていた上代のころ、『霞ヶ浦』は『香澄流海(かすみながれのうみ)』と称されていました。流海の前に記された『香澄』は、河口の旧・香澄村(現・潮来市牛堀)の地名に由来するものと考えられています。その後、平安時代に『香澄浦(かすみうら)』の名称になったものの、室町時代、湖水面が広く冬期を除いては、常に霞が発生していたことから、読み方は変わらず漢字を変えて『霞浦』へと推移しました。正確な意味で、いつ、誰が名付けたかは不明ですが『霞ヶ浦』の特徴を、実に良く捉えている表現と感じざるを得ません。幕末の時代に、現在の『霞ヶ浦』標記になりました。

『霞ヶ浦(西浦)』と『北浦』は、水深や面積、周囲の景観の違いがあるため、霞ヶ浦と総称される湖でありながら、まったく違う雰囲気、感覚を、訪れる者に与えてくれる妙味があります。季節を問わず人気の散策スポットである両浦周域をのんびり巡り、その差を存分に味わってみるのもまた、楽しい休日の過ごし方ではないでしょうか。長い歴史に想いを馳せながら、ぜひたくさんの人に歩いてほしい茨城屈指、名スポットの一つです。

【霞ヶ浦、北浦、浪逆浦の名称の変遷】

時代 上代 平安 室町 幕末 現代 霞ヶ浦 香澄流海 香澄浦 霞浦 霞ヶ浦 北浦 流海北浦 北浦 浪逆浦 浪逆海 外浪逆浦。

今回、霞ヶ浦(西浦)・北浦の名称の変遷など、様々な興味深いお話をしてくださったのが、鹿嶋市で郷土史家として活躍されている矢作幸雄さんです。矢作さんは、茨城県鹿嶋市の地に生誕した塚原卜伝の生涯を綴り描く『無敗の剣聖 塚原卜伝』を講談社より刊行(2011年5月中旬予定)するなど、精力的な執筆活動を展開。鹿嶋市が平成19年度から塚原卜伝の名を全国に広め、観光振興に繋げるべく大河ドラマ実現に向けた取り組みを展開する中、矢作さんは、その働きかけにも一役買っています。「ドラマや本になれば、多くの人にとって、塚原卜伝の存在が身近になるのでは」と相好を崩し、穏やかに話してくださいました。

日本一長い名前のバス停がつくばにあつた!

研究施設の道沿いで静かにたたずむ不動の日本一

産技総合研筑波東事業所つくば研究支援センター入口。さんぎそうごうけんつくばひがしじぎょうしょつくばけんきゅうしえんせんたーいりぐち。その数、なんと40文字!

日本一長い名前のバス停が、つくば市の学園東大通(がくえんひがしおおどお)りに存在していることを、みなさん、ご存知でしょうか?全国津々浦々にある、その他の長いバス停名が、せいぜい20数文字なことを考えると、断トツといっていい程の長さを誇るネーミングなのです。

この長~いバス停が命名されたのは2002年。年に一度の車内アナウンスの切り替え日である8月10日のこと。バス停名に使用されていた通商産業省・機械技術研究所が、独立行政法人・産業技術総合研究所(通称・産総研)に施設変更したころが、その理由です。

バス停名の名付け親は、当時、関東鉄道の営業課に在籍し、広報に関する業務を担当していた谷田部利一さんという方で、現在は定年退職されています。バス停は利用者にとってわかりやすい名将をつけるのが基本。その意味で、それまで使用していたバス停名の組織変更後の名称を更新的に受け継いだ、ということなのですが、まさかそれが「日本一のバス停」になっていたとは、その方も思わなかったことでしょう。「産技総合研筑波東事業所つくば研究支援センター入口」は、あくまで意図的ではなく、結果として日本一長いバス停名になっていた、というのが実情のようです。

長~いバス停名であるがゆえの唯一無二の個性

通常、関東鉄道の路線バスでは、車内アナウンスでバス停の名前を「次は◯◯、次は◯◯」というように二度放送します。しかしこのバス停だけは、あまりに長過ぎるのと、前後のバス停との間隔が300m~400mと比較的短めなため、一度に省略しているそうです。早口でのアナウンスでは利用者に伝わりづらいですし、通常のスピードでは案内している間にバス停を越えてしまう危険性もあります。日本一長い名前のバス停は、同時に唯一、関東鉄道路線バスで名前を一度しかアナウンスしないバス停でもあったのです。

ちなみにバス停名というのはバス停標識ではなく、車内アナウンスで呼ばれる名称が正式なのだそう。ほとんどは名称はバス停標識にも正式な名前が記入されますが、長い場合になると、文字が小さくなってしまうので、便宜上として省略化されたバス停名が記入されるのです。「産技総合研筑波東事業所つくば研究支援センター入口」は……やはり簡略化されていました。2文字目の「技」、4文字目の「合」、そして最後の2文字の「入口」の計4文字が省略されています。

見直される「地域の足」としての機能と利便性

「産技総合研筑波東事業所つくば研究支援センター入口」がある学園東大通りの周辺は、各種の研究施設が集中する地域。この路線バスを利用するのは、やはり各研究施設の関係者の方が多いそうです。2005年に開通した「つくばエクスプレス」の影響から、駅までの交通手段として路線バスを利用する周辺住民の方の利用もかなり増えてきており、路線バスは、確固たる「地域の足」としての機能、利便性が見直されているようです。

関東鉄道では、土曜日曜祝日のプランとして「つくばサイエンスバスツアー」を行っています。大人500円、小児250円、幼児無料のフリーパス乗車券を購入すれば、何度でも、南回りと北回りとで巡回する同バスを利用でき、JAXA筑波宇宙センターや国土地理院、産業技術総合研究所、つくば植物園など、つくばで人気のサイエンス・スポットを巡れるというプランです。休日は路線バスにのんびり揺られながら、こんな茨城らしさいっぱいの時間を過ごしてみるのも楽しそうですね。

日本人による初の発掘調査が行われた遺跡。

明治時代に日本人だけで初の発掘調査を敢行

国道125号線から横道に入り車で数分。牧歌的な風景を眺めながら、陸平貝塚へと辿り着きました。競走馬のトレーニングセンターで有名な茨城県美浦村には、日本人だけによる近代科学的な発掘調査が初めて行なわれた陸平貝塚(おかだいらかいづか)が存在します。

この陸平貝塚は、霞ヶ浦南岸に面する美浦村安中(あんじゅう)地区に所在する縄文時代の貝塚遺跡。明治12年(1879年)、当時東京大学の学生だった佐々木忠二郎(ささきちゅうじろう)と飯島魁(いいじまいさお)の二人によって発掘調査がなされたのです。初の発掘調査が行なわれたことと同時に、全国の貝塚遺跡の中でも屈指の規模を誇ることや、地形や景観、非常に良好な状態で遺跡が残されていたため、陸平貝塚は考古学での重要な学術的事柄として、その価値が高く認められています。

数千年前に生きた人々の暮らしが窺える貴重な場所

霞ヶ浦に面した周囲7.5キロメートルの島状の台地中央部に位置する東西250メートル・南北150メートルの平坦部を取り囲むように、大小8つの貝塚群で構成された陸平貝塚。この貝塚は縄文時代の中・後期(5000年前~3000年前)を中心に形成されました。ちなみに貝塚とは古代人類のゴミ捨て場。それだけに、当時の人々がどんな生活をしていたかを考えるうえでの大事なヒントがたくさん散りばめられているのです。

台地の平坦部は陸平縄文人のムラの跡で、竪穴住居址や墓坑、貯蔵穴などが確認され、貝塚自体には、ハマグリ、オキシジミ、サルボウ、アカニシなど干潟の貝が見られ、獣や魚の骨、土器や石器などの生活道具も発見されています。カルシウム豊富な貝塚エリアだからこそ、骨が残っているというのも象徴的な事柄。縄文時代に生きていた人の骨は、その他の資料や出土品と共に、隣接する美浦村文化財センター(陸平研究所)で見ることができます。

ふるさとへの愛着が呼び起こした活動の広がり

歴史的な発掘から数十年の時を経た昭和62年(1987年)に行なわれた陸平貝塚の確認調査で、現状は確保され、ほぼ完全な形での保存が達成されたものの、本格的な整備が行なわれるには至りませんでした。ですが、平成7年(1995年)、「ふるさとの大切なものを守り、残していきたい」とする地域住民による『陸平をヨイショする会』発足をきっかけとし、新たな動きが展開されることに。荒れ地の草刈りから始まったこの活動は、徐々に周囲の理解を呼び、美浦村教育委員会との連携もあって、陸平貝塚の国指定史跡へと結びつくのです。

2008年からは約10年計画で、住民参加型の確認調査も行なわれることになりました。現在では、専門家からの話を聞く勉強会、また陸平貝塚を核とした様々なイベントの開催、陸平研究所施設で行なわれる子供向けの土器づくり体験など、地域に根ざした美浦村文化財センター(陸平研究所)の活動は、大きな広がりを見せています。

歴史に想いを馳せ、のんびり散策する絶好のスポット

陸平貝塚の周辺には、古墳や戦国時代に巨城のあった木原城址、他にも古くからの由緒ある神社など、歴史的なスポットも多く存在しています。霞ヶ浦を始めとする自然豊かな風景も抜群ですから、歴史のロマンに浸りながら、休日の散策を楽しむのにも、実にもってこいの環境ですね。

ひらがな標記の市が日本一多い茨城県。そこには、もう一つの秘密があった!!

他都道府県では類を見ない、4市の全ひらがな標記

つくば市・ひたちなか市・かすみがうら市・つくばみらい市。茨城県には、ひらがなのみで標記される市が、4市存在します。ひらがな標記(漢字との組み合わせも含む)の市を有する県は21。その内、2市の県が5、1市の県は15。あまり知られていないことですが、現在、その数は全国都道府県の中で、茨城県が単独1位を誇っているのです。昭和の大合併、平成の大合併により国内で多くの新しい市町村が生まれました。日本一を担う、茨城県の上記4市もまた、その流れの中で誕生した地方自治体なのです。

「なぜ、ひらがな標記の市名なのか?」の疑問に対する答えは実に明瞭。「親しみやすいから」というのが主な理由でした。各市は地理や歴史の要素を取り入れることで、特化した地域性を打ち出しています。「地元の人々に馴染みやすく、かつ、他地域の方々にも伝えやすく」の強い想いが、それぞれの名称には刻まれているのですね。

つくば市とひたちなか市にこめられた、想いと意味

ひらがなが3文字のつくば市と、5文字のひたちなか市から、説明をしましょう。まず、つくば市。古くは古事記まで遡り万葉集や常陸風土記にも記されるほど、筑波山は県民郷愁の名山として親しまれてきました。また、昭和60年に開催された『科学万博つくば’85』、『つくばエキスポ’85』として、その名が国内外に知れ渡ったこともあり、未来へのさらなる発展を託す願いもこめ、“つくば”が、新しい市名へ用いられることになったのです。

次に、常陸国那珂郡の歴史があったことを根本に、国際港湾公園都市として茨城県を代表するにふさわしい名称として採用されたのが、ひたちなか市。市民からの公募後、合併協議会にて審議を重ねた結果、生まれた名称です。やはりひらがな標記であることの大きな意味合いとして「親しみやすさ・書きやすさがあること」が重要視されたといいます。ちなみに、ひたちなか市には、はしかべ、という地区が存在。「ひらがな標記の中のひらがな標記」である地名があるのもおもしろいですね。

ひらがなを6文字重ね、2市が日本一の座に

合併前の伊奈町と谷和原村が筑波郡だったこと。世界的知名度のつくば市が隣接していること。また、つくばエクスプレス・みらい平駅が設置されたことに及び「未来に向かって前進する」意味があることから、つくばみらい市の名前は決まりました。もう一方のかすみがうら市は、言うまでもなく日本を代表する湖・霞ヶ浦の存在と、その名称から「地理的にイメージできること」を由来としています。

実はこの両市には、もう一つの日本一が秘められていました。現在、日本で最も多い文字数の市名は6文字。全ひらがな標記であれば、つくばみらい市、かすみがうら市の茨城県2市のみ。漢字で6文字以上の市名は無し。ひらがなと漢字を組み合わせた市名、鹿児島県・いちき串木野市を含めても3市が最多文字数なのです。皆さんは、茨城県にこのような日本一が存在していたことをご存知でしたか?

狙わずとも日本一を有していた二つの市、並びに茨城県。みなさんの住む場所にも、実は思いもよらない興味深き由来や経緯が潜んでいるかもしれませんね。一度、自らが生きる市町村名をじっくりと調べ、ひも解いていくのもまた、一興というものではないでしょうか。

世界一高い東京スカイツリーに、茨城の技術が集結。

地上634メートルの高さに耐える、地上デジタル放送用送信アンテナシステムを開発

自立式電波塔として世界一の高さを誇る「東京スカイツリー」。その美しいフォルムは、東京の新しい観光スポットとして注目を集めています。しかし、本来の役割は、地上デジタル放送用の電波の送信。そのために最も重要となるのは、最上部のアンテナ取付部「ゲイン塔」に放送用送信アンテナシステムを設置することです。そして、そのアンテナシステムの開発から設置までを委託されたのが、茨城県のものづくり企業『日立電線株式会社』です。

このプロジェクトがスタートしたのは、2009年のこと。日立電線が、日本放送協会(NHK)、日本テレビ放送網株式会社、株式会社テレビ朝日、株式会社TBSテレビ、株式会社テレビ東京、株式会社フジテレビジョンの在京6社より、東京スカイツリーのゲイン塔に設置される地上デジタル放送用送信アンテナシステムを受注したのが始まりです。

今回のプロジェクトで最大の課題は、地上500メートルを超える上空での強風対策でした。開発を依頼されたアンテナシステムには、最大瞬間風速110メートルという強風にも耐えられる強度や、風の抵抗を極限まで抑えた形状が求められました。これは理論上では、1300年に1度、吹くか吹かないかという極めて強い暴風です。

まず強度に関しては、厚めの部材を使用することで対応。しかし重くなりすぎないよう、強度と重量のバランスがとれた部材を選択しました。また、風圧に耐える形状を実現するため、株式会社日立製作所の研究所や外部の研究機関にも協力を要請。アンテナ1面に掛かる風圧や風の流れをシミュレーションし、最適と思われる形状などを割り出します。さらに、その結果を実証するために風洞実験も行いました。アンテナシステムの1/6スケールモデルを作り、実験場で風を当て、風による影響を分析。こうした試行錯誤を繰り返しながら東京スカイツリーに設置されるアンテナが誕生しました。

そして出来上がったのは、アンテナ素子、反射板、カバーで構成される、長さ約150センチメートル、幅約40センチメートル、重さ約50キログラムのパネルアンテナ。そのアンテナを1周40個、2段で80個を2システム(160個)、それを4ユニット(合計640個)重ねたものが、東京スカイツリーのゲイン塔に設置されることになりました。

世界で最も高い場所での、アンテナ取り付け作業に挑む

次にアンテナを現地に運び、設置する工程です。まず検討されたのが、アンテナシステムの運搬方法。もちろん工場で組み立てて、そのまま運べれば良いのですが、大きさや重量を考えると非常に困難です。そこで、茨城県日立市の高砂工場で6分割に仮組みし、最終的には現場で組み立てる方法を採用しました。6分割した理由は運び易さだけではなく、6角形のゲイン塔にスムーズに設置するためでもあります。そして運搬中に歪みなどが出ないように、しっかりとフレームに固定しました。

アンテナを東京スカイツリーに運んだら、次にクレーンで吊り上げ第一展望台に平置きします。そしてタワークレーンでさらにゲイン塔まで吊り上げるわけですが、ここでも500メートル超という高度と上空を吹く風が最大の障壁。もしトラブルが発生し、アンテナがゲイン塔に激突したら一大事です。そこで作業を行うには天候が良いことはもちろん、10分間の平均風速も10メートル以下であることが条件となりました。

アンテナを取り付けるゲイン塔は、地上で組立て、高さ634メートルまでタワー内部で引き上げるリフトアップ工法によって設置されます。ゲイン塔のリフトアップ作業は、東京スカイツリーの建設を担っている株式会社大林組によって実施されます。アンテナシステムの設置作業は、ゲイン塔の引き上げに合わせて行われます。ゲイン塔の最上部には、揺れを低減する制振装置が設置されており、その下にアンテナシステムを設置していきます。ここで問題なのが、上に付いている制振装置の直径より、下に付けるアンテナシステムの直径が小さいこと。つまり、アンテナを制振装置より奥にはめ込まなければならないのです。その問題を解消したのが高性能な建築機材。今回の工事用に特別注文した最新の機材が大きな助けとなりました。

もちろん、500メートル超での取り付け工事は、作業に当たるメンバーも初めて。スムーズに工事を進めるために、何度もリハーサルが行われました。工場内にゲイン塔の模型を造り、アンテナのモデルと本番で使用する建築機材を用意。最もスムーズに作業を行える手順を試すと同時に、予測されるトラブルなどの課題をクリアしていきます。こうして経験豊富な熟練のメンバー約30名が、実際の取り付け工事に臨んだのです。

地上デジタル放送を支える国内トップクラスの給電線

そして、2011年の春にアンテナシステム設置工事が完了し、地上634メートルに到達した東京スカイツリー。しかし、これで完成というわけではありません。アンテナを稼働させるためには、給電線の配線工事が必要になります。実はこの工程が、日立電線が最も得意とする分野の一つ。日立電線はその社名が表すように、放送用アンテナに関する給電線で国内トップシェアを誇る企業なのです。

日立電線は1964年に豊橋中継局へ放送用送信アンテナシステムを納入して以来、多くの放送用アンテナシステムを拡販してきました。そして、地上デジタル放送用送信アンテナは、全国数十局の親局や、多数の中継局に採用されています。また送信機からアンテナへ電波を伝送する主給電線の国内トップメーカーとして、日本国内の多くの放送局で日立電線のケーブルが使用されているのです。

今回使用する給電線は、直径150ミリメートルと非常に太いケーブルで、1メートルあたり約8キログラム という重量です。その電線を数百メートルも使って行われる配線工事は、大変大掛かりな作業となります。2012年2月の東京スカイツリーの竣工をめざして、配線工事が行われます。

そして、東京スカイツリーは2012年5月22日に開業を予定しています。近い将来、東京スカイツリーの放送用送信アンテナより関東広域に向けて地上デジタル放送が配信されます。アナログ放送とは違い、美しく鮮明な画質でテレビの新しい可能性を引き出す地上デジタル放送。その高度なシステムの実現に、茨城のものづくり技術が一役かっているのです。

茨城の土壌細菌から生まれた薬が、世界の人々の命を救う!!

臓器移植に光を投げかける新薬を、ニューヨークタイムズ紙も絶賛!

茨城県の筑波山で採取された土壌の中に棲む細菌から、世界中でたくさんの人たちの命を救う薬が誕生しました。その薬は、茨城県つくば市に研究所を持つアステラス製薬が開発した「プログラフ」という免疫抑制剤。臓器移植の際に免疫システムが引き起こす、拒絶反応を抑える効果を持つ薬です。1991年12月に国内で申請し、1993年6月に新発売。それ以降欧米などで順次発売され、2010年9月末現在で96カ国で販売されています。

タクロリムスの結晶

この免疫研究関係の新薬開発プロジェクトが発足したのは1970年代の中頃。土の中に棲む微生物から新薬の種を発見するため、アステラス製薬は国内各地の土壌調査を実施しました。その調査の一環として1983年に茨城県の筑波山からサンプルを採取。そして1984年、持ち帰った筑波山の土壌サンプルから、プログラフの薬効成分であるタクロリムス(FK 506)生産菌が発見されたのです。

しかし、新薬を完成させることは簡単ではありません。さまざまなハードルを乗り越えて、新薬の販売にこぎ着けるまでは最低でも10年はかかると言われています。その第一歩が、どのような製剤で投与すれば、一番効果的なのかを見極めること。少ない分量でも効き目を示すタクロリムス(FK 506)は、血液中にどのくらい薬剤がとけ込んでいるか測定する方法がなかったため、同じ条件での実験を繰返しデータを集め、一番治療効果が高く副作用の少ない製剤を選択しました。そして、飲み薬としての錠剤と注射用アンプルの2種類が創られたのです。

その後、1986年に国際移植学会で千葉大学の落合講師がタクロリムス(FK 506)の実験データを発表。1989年には米国ピッツバーク大学のスターツル教授により初の臨床応用有用性が確認され、人体への投与が可能になりました。そして同年、英国キングスカレッッジの肝臓医 Dr ウイリアムスより外交ルートを通じて英国保健省から日本の厚生省(現・厚生労働省)に緊急輸出の要請があり、まだ未発表ではありましたが人道的見地から提供し患者に投与されました。

そしてついに、1989年10月18日、アメリカの新聞ニューヨークタイム科学面のトップニュースに「臓器移植における新薬のグレートサクセス」という見出しが踊りました。これは臓器医療において全米でも主導的な立場にあるピッツバーグ大学で、タクロリムス(FK 506)が臨床試験に使用されたことを報じる記事。そして現在では世界の移植医療の現場でグローバルスタンダードとして広く使用されています。

微生物に秘められた不思議な能力が、新しい薬を生み出す

新薬の開発は、人間の力だけでできるものではありません。自然界に宿る秘められた力が必要です。その力の一つが、土の中に棲む微生物。タクロリムス(FK 506)も、筑波山の土壌に棲む放線菌の代謝物から創られました。このような自然界の宝物を発見するため、現在、アステラス製薬は日本国内のみならず、東南アジア地域など諸外国と協定を結び探索を行っています。

こうして、さまざまな地域の土壌をサンプリングするのには理由があります。環境が異なると生息する微生物の種類に違いが見られるからです。そこで、これまでに探索対象とされていなかった地域や、多種類の微生物が生息していることが期待できる地域を重点的に調査。また、土壌に棲む微生物以外にも、水中に棲む微生物や昆虫にまで対象を広げ、新薬開発の手がかりを探しています。

土壌の採取は、最初に開発したい薬があって行われる場合もありますが、それはごく稀な一部のケース。ほとんどが採取された細菌や微生物に応じて新薬の開発は行われます。具体的には数万株単位の微生物を収集し、それらを純粋に種類分けして増やしサンプルを作成。そのサンプルでさまざまな実験を行い、薬になる可能性があるかどうかを慎重に調べます。

このようにして開発された薬は他にもあります。その一つが、真菌感染症治療に効果のあるキャンディン系抗真菌剤「ファンガード」。福島県いわき市の木戸川流域の土壌より分離されたカビから、強い抗真菌活性のもつ化合物を発見し、その化合物を元に合成改良して創製されました。

創薬のためのアプローチとしては、自然界の微生物(細菌、カビ、放線菌など)から薬を作り出す「醗酵技術」以外にも、化学反応を利用して薬を作り出す「低分子合成技術」、ヒトが生来もつ免疫反応を利用して薬を作り出す「抗体医薬技術」などがあります。それらの技術を駆使して、患者を病から救う新しい薬の開発が行われています。

茨城県つくば市を研究拠点として、世界初の新薬開発を推進する

アステラス製薬は、2005年に山之内製薬と藤沢薬品工業が合併して誕生した日本最大級の製薬会社です。現在、茨城県に設置された研究拠点は、つくば研究センター(茨城県つくば市)、つくばバイオ研究センター(茨城県つくば市)、高萩合成研究センター(茨城県高萩市)の3カ所。特につくば市には合併前から、旧山之内製薬・旧藤沢薬品工業ともに創薬を担う研究所をもっていました。

また、茨城県やつくば市は科学の振興について積極的で、研究が行いやすい環境が整っていることも研究施設を設置した理由の一つ。茨城県のつくば市は、筑波大学をはじめ産官学の研究所が多く設置され、世界最先端の科学施設と交流が容易にできることも新薬開発には大きなメリットになっています。高エネルギー加速器研究機構との共同研究では、放射光科学研究施設でのたんぱく質X線結晶構造解析など先端科学との融合が新薬の開発に大きく役立っているのです。

その他にも、郊外型研究所として自由な発想が生まれやすい緑豊かな自然環境。さらに、本社や開発部門がある東京と快適なアクセスを実現するつくばエクスプレスの開通など、充実した交通インフラも大きな魅力のひとつです。

アステラス製薬は、2007年12月に買収した Agensys 社、2010年に買収した OSI 社など、さまざまな研究所と連携しながら新薬開発のための研究を行っています。また、アレルギー、自己免疫病、がんなどの主要な疾患領域で治療に有望な化合物の創出や安全な移植医療の確立を目的に、京都大学と「次世代免疫制御を目指す創薬医学融合拠点」を設置して研究を実施するなど、病気で苦しむ人たちが本当に求める新薬の開発を行っています。

そして、つくば研究センターでは、最先端の設備・技術を取り入れ、革新的で有用性の高い薬づくりに向けて、創薬研究力をさらに強化。2011年5月には、自然界の生物や微生物などが作り出す天然の物質から薬の元となる化合物を探す「醗酵研究」を行う新研究棟も完成しました。このようにつくばを研究拠点として、茨城発、世界初の新薬の研究開発が推進されているのです。

なぜか、お金がたまる人の 『10の良い習慣』

1. 財布の中がいつもきれい

あなたの財布の中はきれいだろうか?

お札の向きは揃っているだろうか。古いレシートがぎっしりと入ったままになっていないだろうか。

使いもしないポイントカードで財布がパンパンになってしまっていないだろうか。

お金が貯まる人になるには、まずお金を大切に扱うことから始めよう。

そしてレシートが入れっぱなしということは、お金の出入りの管理ができていないこと。

日々のお金の管理はきちんと記録しよう(iComptaがいいよ!)。

財布の中身が整っていない人は、まずは無駄なものを取り除きお札の向きを揃え、小銭もきちんと一ヶ所にまとめよう。

2. 靴の手入れが行き届いている

これは良く聞く話しだ。

「一流の人は靴にこだわる」。

私も靴に「こだわり」まではないが、きれいな状態を保つように気をつけている。

靴に気を配れるかどうかは、「どれだけ気配りができるか」「どれだけ心に余裕があるか」のバロメーターなのだという。

だからこそ、逆説的に、靴を大切にする習慣を身に付けることで、心に余裕を持たせ、気配りができる人間になろう、ということなのだ。

お金を貯めるためには「本当に必要なものにしかお金を使わない」というスタンスが必要だ。

ついつい「あれも欲しい!」「これも欲しい!」と衝動買いを繰り返しては、お金は貯まっていかない。

そのためにも、一歩引いて構えられる心の余裕が必要なのだ。

3.お金がなくても「お金がない」と言わない

口癖のように「お金がない」と言ってしまってはいないだろうか。

この口癖はすぐに改めたほうがいい。

なぜなら「お金がない」というのは事実ではなく「口実(言い訳)」になっていることがほとんどだからだ。

すぐには買うことができない高額なモノを欲しいとする。

お金を貯められる人は、「貯めて買おう」と貯金を始める。

貯められない人は「お金がないから買えない」と諦めて、他のことで散財してしまう。

失業中の方や病気の方などは別として、会社勤めをしてお給料をもらっている人にとっては、「お金がない」という状態は実際にはない。

自分のお金の使い道をコントロールできる人とできない人、つまり「買いたい」という欲望をコントロールできるかどうかの違いなのだ。

「お金がない」のではなく、身の丈に合わない欲望をたくさん抱えすぎているのではないだろうか?

考えてみて欲しい。

4. できる範囲で他人のためにお金を使える

お金持ちになりたいからといって、自分のためだけにお金を使ってはいけない。

大切な人、好きな人への贈り物や親や家族へのプレゼント。時には後輩への食事や飲みのおごりなど。

身の丈にあった「気持ち」を伝えるためにお金を使おう。

気持ちというのは目に見えないものだ。

目に見えない気持ちを贈り物という形にして相手に伝える。

大切なことだ。

ただ気をつけたいのは、くれぐれも「身の丈に合った範囲で」ということ。

見栄を張って後輩におごりまくったりするのは無意味だ。

バランスを考えて行動しよう。

5. 大きいお金を使うことに慣れている

お金が貯まる人になるためには、時として大きなお金を使う経験が必要だ。

サラリーマンなら自分の年収以上の規模のプロジェクトはざらだろうが、個人としても経験できることはたくさんある。

自分がどうしても必要なもの(こと)には決意を持って大きなお金を使う。

不必要なものには一切使わない。

これがお金の使い方だ。

自分を成長させてくれるセミナーや交流会などへの参加費。

自分の視野を広げてくれるであろう海外旅行。

普段扱わない規模のお金を使うことで、視野が広がり、あなたを「お金が貯まる体質」に変えてくれるだろう。

6. 虫歯がないようにしている

お金を貯められるということは、「自己管理ができている」ということだ。

虫歯ができるというのは、借金をするのと同じことだ。

歯を磨かずに好きなものを食べ、歯が痛むのに歯医者にも行かない。だから虫歯はどんどん悪化していく。

それと同じように、好きなように買い物してお金がなくなるとリボ払いやキャッシング、そして借金は雪だるま式に増えていく。

歯のメンテナンスを欠かさない。

歯の手入れは大切だと実感している。

7. 経費精算をマメにしている

会社勤めの人は、交通費や立替金などの精算業務があるだろう。

お金が貯まる人は、経費精算をため込んだりしない。

もちろん立替金が多くなることも問題だが、貸し借りが入り組むと、個人のお金の管理にも悪影響が出るからだ。

さらに溜め込んだ精算を終えるとまとまったお金が戻ってくることになる。

すると、本来は自分の生活費のはずが、ボーナスを受け取ったような気になり、「ぱーっと飲みに行くか」となってしまう。

自分のお金という自覚を持つためにも、経費精算はこまめにしよう。

8. テレビから必要な情報だけを得ている

私はテレビをほとんど観ない。

他人に「まったく見るな」とは言わない。

情報収集の一環として観ることは悪いことではない。

ただ、テレビは時間泥棒の代表選手だということは自覚しよう。

観る番組を予め決める。録画して後から再生で観るなど、「だらだら観」をしない工夫をしよう。

9. 食事を大切にしている

お金を貯めるためには健康でなくてはならない。

そして健康を維持することは、あなたが思っているほど簡単なことではない。

だが、年齢が上がってからのダイエットは成功の確率が低い。失敗する人が多いのだ。

それよりも、若い時からしっかりと良いものを食べ健康に留意し、若い時の体型を維持するほうがずっと簡単だ。

身体と心はつながっているのだ。

不健康な身体でジャンクフードばかり食べている人は、自分をコントロールできていない。

自分をコントロールできない人がお金を貯められるだろうか。

まずは食べ物を変えよう。野菜を多く摂って食べ過ぎに気をつける。

人間の身体は食べ物からしか作られない。是非意識したい。

10. 朝の活動を楽しんでいる

お金が貯まる人は朝の時間帯を有効かつ楽しく活用している。

夜は誘惑が多い時間だ。

飲み会もあるしテレビはバラエティーが満載、ネットでも皆リラックスして楽しい会話をしている。

そんな時間に集中して仕事をするのは難しい。

夜はどうせ効率が悪いのだから、さっさと寝てしまう。

そしてその分朝早く起きて自分のための時間をたっぷり確保する。

この習慣は実に良く効く。

キーワードは「自己管理」だ。

お金をコントロールすることは、自分の欲望をコントロールすること。

 

茨城県水戸市で < 納豆 早食い世界一決定!>

本県特産品の納豆をPRする「第11回水戸納豆早食い世界大会」が17日、水戸市千波町の「桜田門外ノ変」オープンロケセット内で開かれた。米国からの参加も含め、国内外からの参加者92人が競い、奈良県安堵町の飲食店従業員、木森康晴さん(27)が世界一の称号を手にした。

昨年の大会は予定していた前日に東日本大震災が発生し、中止となったため、2年ぶりの開催。決勝では、わらづと納豆5本分(計350グラム)に日本人男性10人が挑戦。雨が降りしきる中、納豆をかき込む男たちの熱く粘りある戦いに、応援客も終始圧倒されていた。

2009年の第9回大会にたたき出された27秒6に続く、歴代2位となる27秒7のタイムで初優勝した木森さんは、第3回大会からほぼ毎年参戦。「この1週間、早い食べ方の研究を重ねた。来年は2連覇を達成したい」と意気込んだ。

「絆」の大切さを叫ぶだけでは、本当の「絆」は生まれない。

現代社会に潜む孤独の広まりに、文芸評論家、亀井勝一郎氏の言葉が心に染みる。

「人間のあいだにあって無関心でおかれるほど孤独なことはあるまい。恐るべき空間-これを感じたときの孤独はおそらく地獄だ」

その地獄の光景が時折、一見平穏そうな社会を驚かす。人知れず命が消え、命が消えたことを長く知られずにいる人がいる。それを人は孤独死とも孤立死とも呼ぶ。「無縁社会」という言葉を生んだ現代社会の地獄を見る思いだ。

大震災後に多くの人が口にした「絆」。ことさら強調するのは大震災をきっかけに、これまでの日常の中で感じていた希薄な人間関係がさらけ出され、多くの人々が自省を迫られたこともあったのではないか?

災害への備えを考えても日頃からの隣人とのつながりを大切にしたいと思うが、急に関係を深められるわけではない。まずはあいさつからと思ってもお年寄りは家に閉じこもり、人の姿が少なくなった地方の街では人と会う機会さえ少ない。

「絆」の大切さを叫ぶだけで「絆」は生まれない。家族や友人と同じように隣人と絆を深めるには、まずは町内会など身近な組織を見直すことから始めたい。

成功したい人が知っとくべき「21の考え方」

1. 成功する人はお互いの違いを認め、尊重する。自分より優秀な人に出会ったら、ひとつでも多くを学ぼうと目を輝かせる。ところが、未来に対するビジョンのない人は振り向いて悪態をつくだけ。

2. 「大きなミスをしでかした部下を叱責してはいけない」「仲間はずれにされている社員と親しくなれ」。いつかきっとその人は恩に報いてくれる。

3. 失敗する人にとって変化は恐怖だが、成功する人にとってはチャンス。

4. 小さなアイデアさえあれば、誰でも一分野の先駆者になれる。

5. 成功する人には面白い人が多い。面白い人になるには、基本的に次の4つを備えていなければならない。
◦ 結論は下さないが、時事問題に精通しておく
◦ 常識をひっくり返し、ひねりを入れるユーモア感覚を持つ
◦ 軽く受け流せる楽天的な面を持ち合わす
◦ 瞬発力を持って、爆笑を起こし、会話を面白くする

6. 時間を15分単位で使うと、多くの時間を無駄にしてきたのがわかる。時間管理が身につくと、1日が長くなる。

7. これといった特技がない人は淘汰される。特技がなくても、適当な学力と常識と頭さえあればやっていけた時代は終わった。特技を選択するときには未来の予測が必要

8. 大義、奉仕精神、犠牲精神はリーダーが備えるべき基本的な資質。責任感、全体利益、犠牲心の3つを肝に銘じたら、誰でも立派なリーダーになれる

9. お金を惜しんではならないときは次のケース
◦ 能力啓発と留学などの未来に対する投資
◦ 健康に対する投資
◦ 配偶者に対する投資
◦ セミナーや集まりの参加にかかる費用

10. よく計画の立て直しをしている人がいる。仕事や勉強はせずに、いつも計画ばかり立てているように見える。だが、成功するのはそういう人。計画表を直しているうちに自分の生活と事業を振り返り、反省する。

11. 買い物は1週間延ばし、1カ月延ばして、更に来年まで延ばす。そのころになれば、あれほど買いたかったものが、本当はそんなに必要でなかったことを悟る。

12. 未来のための投資をしない人は、必ず淘汰される。

13. 服装は自分の弱点をカバーするだけでなく、長所を浮き立たせる。一度くらいはコーディネイトの勉強をしたほうがよい。

14. 成功する人は歯がきれいで堂々としている。人はうれしいことがあれば笑う。笑いが多ければよいことも多く訪れる。笑うときに笑えないようでは、顔をしかめて生きるしかない。歯には金を惜しまず使おう。それこそ効果的な投資だ。

15. 本をたくさん読む人には品格が感じられる。本を全然読まない人は、高級な服を着ていてもなんとなく軽薄に見える。

16. 仕事には困難がつきもの。困難を克服する方法として、成功する人が使うのは、質問をすること。同僚への質問、専門家への質問、違う系列の人への質問など、助け助けられて生きるのがこの世の中。

17. アイデアを見つけるには、大きく分けると次の4種類
◦ 「連想刺激法」
◦ 「発想転換法」
◦ 「情報組合せ法」
◦ 「集団発想法」

18. 一般的なアイデア発想法
◦ 「固定観念崩し」
◦ 「固定観念の回転」
◦ 「反転の発想」
◦ 「材質替え」
◦ 「用途の変換」
◦ 「より便利に」
◦ 「より安全に」
◦ 「より面白く」
◦ 「追加または省略」
◦ 「他人のアイデアの変形」
◦ 「廃品利用」
◦ 「音の添加」
◦ 「科学的な原理の接ぎ木」
◦ 「省エネ」

19. 成功する人はチャンスに強い。本能的にチャンスだと判断すれば、すべての身体器官を働かせて無我夢中に取り組む。

20. 成功する人は感情的な喧嘩を避ける。腹の立つことや不平不満があると、その都度吐き出す。頭の中がすっきりと整理されてこそ、仕事に集中できる。

21. 原始時代は力持ちがリーダーになった。現代はユーモアのある人がリーダーになれる。

以上。