笠間の陶炎祭(ひまつり)開催中!!~5/5まで

笠間焼笠間芸術の森公園のイベント広場で、

毎年4月29日~5月5日に大陶器市が開催されます。※茨城県内の大イベントです!!

200人以上の笠間焼作家や窯元が一堂に集まり、

個性的な出店を陶芸家自らで作って、直接販売するふれあいの祭りです。

作家が制作した土面オークションをはじめ、地元小学生による土面コンクールのほか、

ライブコンサートなども催され、多くの人で賑わいます。

他に類を見ない陶器の祭典です。

http://www.himatsuri.net/

 

 

フラワーフェスティバル開催中!!(~5/12まで)

バラ図

茨城県フラワーパークは、

600品種・3万株のバラが咲き誇る東日本最大級のバラのテーマパークです。
現在施設のリニューアルを進めており、フラワーパークのシンボルである大温室が熱帯植物園から花いっぱいの多目的ホールに生まれ変わります。平成24年度には朝日トンネルも開通し、アクセスが良くなったことから、多くの来園者を見込んでいるところです。
そして、この度、地域の活性化や花の振興を図ることを目的に、このロケーションやリニューアルされた施設の魅力を最大限に活かして、

ローズ館「バラに囲まれた結婚式」を行うことになりました。

また、このようなイベントを通して、より多くの若者に結婚についての意識を高めていただき、少子化の要因のひとつである未婚化・晩婚化の進行に歯止めをかけていきたいとも考えております。

↓↓↓

http://flowerpark.or.jp/

『 なつかし露店と大道芸人 』 なんと牛久大仏で、、

大仏ゴールデンウィーク期間の

5月3日(金)~5月6日(月) 4日間

牛久大仏 屋外で、『なつかし露店と大道芸人』が開催されます!

期間中は「あめ細工」や「べっこう細工」などの昔懐かしいお店が出店するほか、

テラスステージでは、

「ものまねショー」や「お猿さんの曲芸」などのイベントも目白押しです!

●今年も大好評のものまねショー開催致します。

3日・4日…大人気の「一木ひろし」さん

5日・6日…レパートリー豊富なものまねでとっても楽しませてくれる「セニョール玉置」さん

お楽しみに!!

《なつかし露店》

正門入口&テラスステージ付近にて

飴細工・かるめ焼・ハッカパイプ・駄菓子屋さん・おもちゃ屋さん・金魚すくい  ヨーヨーすくい・スーパーボールすくい・かたぬき・ストラックアウト輪投げ  ダーツ・フライポン・ミニエアーホッケー、「ストラックナイン」「パターゲーム」

昔懐かし~い露店がたくさん立ち並びます!

※ショーの合間に「餅つき大会」も行われます。

未だ経験した事のないちびっ子や外国の方、

誰にも負けないという餅つき・・慢のおじいちゃんやおばあちゃんなど誰でも参加出来ます   ので是非、ご参加下さい。つきたてお餅の即売もあります。

また女性にも男性にも大人気のフラダンスショーを今年も3日間(3・4・6日)開催致します。  今年も4日はタヒチアンもあります。お楽しみに!

園外では花市(3~6日)も開催!

JR荒川沖駅 東口より 車で約10分です!!

大道芸人さん、プラザ荒川沖に宿泊してま~す!!

http://www.ushikukankou.com/bussanten_daibutsu2013.htm

 

地ビール飲み放題2000円!!

地ビール『 シャトーカミヤ地ビール祭り2013 』

ゴールデンウィーク期間の5月3日から6日までの4日間、

「シャトーカミヤ地ビール祭り」を開催いたします。

期間中は、牛久ブルワリーで造られた10種類以上の地ビールが、イベント時間内に限り2,000円(税込)で飲み放題となる特別イベントを実施。また、牛久ブルワリー工場見学や、フードコーナー・ワインの引きクジなども実施。各レストランではイベントに先立ち、4月27日よりディナータイム限定で地ビールの飲み放題も実施いたします。

シャトーカミヤ 地ビール祭り   5月3日~6日、10種類の地ビールが飲み放題

牛久市にあるシャトーカミヤでは、ゴールデンウイーク期間に合わせた「シャトーカミヤ地ビール祭り」を5月3日(祝)~6日(振休)まで実施する。午前11時~午後4時。   期間中は、施設内にある牛久ブルワリーで造られた10種類以上の地ビールが2000円で飲み放題など特別イベントを実施。また、当日予約制の牛久ブルワリー工場見学(午前11時半、午後1時・2時半)や、レストランシェフによるフードコーナーとワインの引きクジも実施する。   また、イベントに先立ち、各レストランではディナータイム限定で地ビールの飲み放題を4月27日(土)から実施する(1500円・ラストオーダーまで)。

「数量限定でシークレットビールもご用意しています」

http://www.ch-kamiya.jp/event/index.html

荒川沖の歴史

駅前■■■ 荒川沖の歴史ヒストリア ■■■

★ 『 荒川沖 』

荒川沖宿の由来は、水戸街道が慶長九年に開通したとき、 荒川本郷から移住した有力農民七戸が街道沿いに宿場を形成したのが村の起こりで、 いわゆる荒川沖宿で水戸街道二十宿の一つである。

荒川沖駅は茨城県土浦市にありますが名前の元は隣町の「稲敷郡阿見町荒川本郷」と関係があります。 江戸時代以前、この一帯は「荒川野」と呼ばれていました。

これは川(実際は乙戸川や霞ヶ浦と牛久沼)が頻繁に氾濫していた為一帯は年中水に浸かっていました。 この様子から「荒れる川の野」「川に荒らされた野」と言われたのが始まりらしいです。 その「荒川野」を沖に見る地区が現在の「荒川沖」です。

江戸時代には水戸街道の宿場町となっていました。 年中川が氾濫する地区を避けて街道が通っていたためです。 駅名はここから付けられたとされています。

< 荒川沖の今昔 >

★  名前の由来

荒川沖は、阿見町荒川本郷から分かれた集落で、荒川本郷から遠くに見えるところから“荒川の沖” (沖:遠いところの意味)と言われ、水戸街道の歴史と共に歩んで来たところである。

< 水戸街道と共に栄えた庶民の宿場 >

もともと水戸街道は、鎌倉街道の脇街道として、水戸道中とか江戸往還などと言われる細い道が通っていたが、 徳川家康が江戸幕府開設早々の慶長九年(1604)7月から同14年12月にかけて、直轄工事でまっすぐに改修したものである。

荒川沖と牛久間の改修については、牛久藩主山口重政がその任に当たり、完成後慶長15年11月荒川道取締りのために、 領内の信田郡荒川村(阿見町荒川本郷)の有力農民7戸を選んで、ここに移転させ、藩の役人の下で街道取締りに当らせた。 そして街道用務の増大に伴って、領民を張りつけた。

寛永8年(1631年)の記録では、宿戸数は40戸になって、街道の宿駅村落としての形態が形成されたという。 荒川宿はかくして、その名を正式名称としたが、当時の書付をみると、沖村、荒川村沖荒川村などと書かれており、 一般的には荒川宿で通用していたのである。

その荒川宿は、

いわゆる殿様が宿泊する陣屋宿場でなく、

牛久陣屋宿場と中村陣屋宿場の中間にあたる 「継立宿場」として

もっぱら庶民の宿場であった。

http://www.arakawaoki.co.jp

 

ラジオ体操を作った茨城県人とは、、

遠山

「腕を前から上げて、背伸びの運動からぁ」と聞くと、身体が自然に動きだしませんか?

< 自然に身体が動く「つなぎ」と「流れ」のリズム体操 >

これほどまでに、日本人の身体に刻み込まれたラジオ体操。

実はこのラジオ体操を作ったのは、茨城県出身の遠山喜一郎さんです。

『 遠山喜一郎(とおやま・きいちろう)  』

遠山さんは明治42(1909)年に茨城県に生まれました。優れた身体能力で体操競技に打ち込み、昭和11(1936)年に開催されたベルリンオリンピックに日本代表選手として出場。  後に、日本体操協会副会長を務めるとともに日本にいち早く新体操を紹介し、その普及と発展に尽力した人物としても知られています。

遠山さんが作成依頼を受けたのは、戦後のラジオ体操再改訂版(現在のラジオ体操)。再改定版ですから、それ以前に改訂版が存在しました。しかし改訂版は、動作が複雑な上に難しく、ほとんど国民に浸透しなかったため、昭和21(1946)年の放送開始から1年半で中止になってしまいます。そこで、遠山さんをはじめとする原案作成委員たちの、新しいラジオ体操を作るための取り組みが始まりました。

作成に当たって重点を置いたのは、動きの「つなぎ」とリズムの「流れ」。

「一度動き出したら、音楽に乗って最後までやりきれるものでなくてはならない」というのが遠山さんの体操理論。それまで日本にはない身体の動きは、作成するのが非常に困難だと思われていました。しかし、戦時中に土浦海軍航空隊予科練で体育教師を務めていた遠山さんは、その時すでにリズム体操を訓練に取り入れていたのです。その経験を生かし、ラジオ体操をたった一人で作り上げました。

そして、昭和26(1951)年5月、ついにラジオ体操の放送が開始されました。その出来映えはあまりにも素晴らしく、アメリカ空軍の大佐から「自分たちの基地でも取り入れたい」と申し入れがあったという逸話が残されています。

< ラジオ体操に対する熱意が、終戦直後のGHQをも説得   >

こうして戦後のラジオ体操は、アメリカ軍からも認められる存在となりましたが、そこに至るまではかなり険しい道のりでした。終戦直後、日本はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の占領統治下に入ります。しかし、すぐにラジオ体操が中止になったわけではありません。敗戦の日の1週間後には、当然のようにラジオ体操は再開。それほど、日本人の生活に密着した存在となっていたのです。

しかし、それを目にしたGHQ内でラジオ放送を管轄していたCIE(民間情報教育局)は、NHK(日本放送協会)の幹部職員を呼びつけ即刻中止を指示します。なにしろNHKラジオから流れてくる号令に合わせて、約300万人ともいわれる人たちが一斉に同じ動作を行うのです。欧米人にはまったく理解できず、ある意味、恐怖を覚える光景だったのかも知れません。

当時、GHQは「軍国主義的及ビ極端ナル国家主義的イデオロギーノ普及ヲ禁止スルコト」という日本に対する戦後教育を行っていました。ともすると、全体主義的に見えるラジオ体操が禁止されるのは当然のことでもありました。そこで、ラジオ体操関係者らが、「ラジオ体操は気分をさわやかにするもので、争いをなくすには効果的だ」と説得します。実際に連合軍の将校たちの前で体操を見せるなどの努力の結果、ラジオ体操は再開されたのです。

遠山さんも戦後のラジオ体操改訂版が中断したときには、全国の教育委員会を廻り、県民体操や市民体操の制定を求めて奔走しています。上からの統制ではなく、国民が自発的に行う民主主義的な活動であるなら、GHQも規制できないと考えたからです。

実際に、遠山さんは茨城県民体操をモデルとして作成。

現在も、県内にある多くの小・中学校で取り入れられています。

< ラジオ体操の素晴らしさは、富士山の美しさと同じ >

日本でラジオ体操が最初に放送されたのは、昭和3(1928)年のこと。アメリカの生命保険会社が考案したラジオ体操を実施し、日本での簡易保険普及のために活用しようと考えたのです。そして、郵政省簡易保険局が制定し、生命保険会社協会とNHKとの共同で広められました。しかし、NHKで簡易保険の広告をすることはできず、集団的精神を培養するためとして事業は進められました。

ラジオ体操の黎明期には、全国に広めるためのさまざまな取り組みが行われました。体操をしながら眺める「体操掛軸」や「体操人形」の作成、また、「国民体操宣伝隊」を組織し、全国各地を廻る取り組みもなども行われています。また、「健康星取表」というカードの無料配布も行われました。体操をした後に星を付け、1銭の貯金をする。ラジオ体操をすると、健康とお金が手に入るというわけです。   さらに、体操の指導者育成も積極的に行います。全国各地でラジオ体操指導者講習会が開かれ、修了者には「指導者章」が授与されました。昭和13(1938)年には約11,000人が指導者として認定され、各地で「ラジオ体操の会」が発足。さらに全国統一組織「ラジオ体操連盟」が結成されました。

これが現在の「全国ラジオ体操連盟」の前身です。

そして現在、ラジオ体操関係最大のイベントとして「1000万人ラジオ体操・みんなの体操祭」が毎年開催されています。このイベントは、1000万人にも及ぶ人々が一斉にラジオ体操を行うという壮大なもの。昭和38(1963)年からスタートし、株式会社かんぽ生命、NHK、NPO法人全国ラジオ体操連盟主催で、毎年、開催地を変えて行われています。草の根的な人気の高さは、ラジオ体操関連書籍が好評であることなどからも伺うことが出来ます。   夏休みの早朝、まだ涼しい風が吹く中を、ラジオ体操の出席カードを首から下げて広場まで走った…。そんな思い出のある方も多いと思います。

遠山喜一郎さんは、

生前、こんな言葉を残しています。

「富士山は裾野が広いから美しい。ラジオ体操も同じだ。国民全体がやって、はじめて素晴らしいものになるんだ」。

みなさんも少しだけ早起きして、ラジオ体操を日課にしてみてはいかがですか?

 

茨城県は全国有数の『 すいか 』の生産地です!

スイカ3

『 大玉すいか 』

主な生産地は、、 < 阿見町、牛久市 >

『 優れた自然条件と生産者努力 』

水はけの良い火山灰土と暖かい気候が甘く美しいすいかを育てます。

50年の歴史を持つ大玉すいか栽培。

茨城県は全国でも有数のすいかの産地で、

牛久市や阿見町は、平坦で水はけの良い火山灰土の土壌と温暖な気候という、すいかによく適した自然条件から50年以上の栽培の歴史があります。

さらに、有機肥料などの土づくりなど絶え間ない生産者の研究や努力の成果が、京浜市場でも高い評価を受ける大玉すいかを育てました。

夏の風物詩、すいかは暑気あたりや糖尿病に効果があり、利尿作用にすぐれた果実。

本県ものは糖度11以上と甘く、果皮にツヤがあり良形で果肉は鮮やかな赤色をしています。

大玉すいかは見た目も美しく、甘くみずみずしいものが好まれ、

首都圏に近い茨城の大玉すいかは、それに新鮮さがプラスされているのです。

『 プラザ荒川沖 』 スマートフォンサイト出来ました!

浴室001皆さん、こんにちは!

『 プラザ荒川沖 』 のスマホサイトが出来ました。

ちょっと、覗いてみてね。

パソコンサイトよりも簡単に予約できます。

↓↓

http://www.arakawaoki.co.jp/sp/

2013年は日豪観光交流年です!!

ランニング第23回かすみがうらマラソン兼国際盲人マラソンかすみがうら大会は、

日豪観光交流年2013の認定事業として開催されました。

2013年は日豪間で初めてとなる、

姉妹都市関係を結んでから50周年と節目の年を迎えます。

日本とオーストラリアは旧来から友好的な関係を築いており、活発な国際交流が行われております。日豪両国の交流をより深めるため、2013年の一年間を日豪観光交流年として設定されました。

かすみがうらマラソン大会も2009年にシドニーマラソンと姉妹マラソンの提携を結んでおり、優秀選手の相互派遣や情報交換等を展開しております。

日豪観光交流年の特設ページにもそれぞれの大会が紹介されましたので、ぜひご覧ください。

http://www.travelvision.co.jp/aj2013/