茨城から全国へ、そして世界へ!茨城県で生まれたスポーツ『 パンポン 』

パンポンを簡単に説明すると、卓球とテニスをミックスさせたようなスポーツ。長さ30cm・幅20cm・厚さ1cmの板をラケットとして使用し、軟式テニスボールを打ちあいます。ですが、コートは縦7m×横2.5mと、テニスに比べ、かなり小さめ。これは誰もが手軽に楽しめるパンポンの、特徴のひとつと言えるでしょう。

パンポンが誕生したのは、大正10年(1921)年頃とされています。場所は日立市にある日立製作所日立工場(山手工場)。当時、従業員の昼休みの過ごし方としてポピュラーだったキャッチボールは、施設の窓ガラスが割れる被害が多く、規制されることに。

そこで彼らは、ミカン箱などを利用し、テニスボールを打ちあう“球遊び”を始めたのです。日立製作所日立工場にはパンポン発祥の地の石碑もあり、パンポンのルーツが、間違いなく茨城にあることを証明しています。

普及も競技もリズミカルに進行

以降、徐々に広まっていったこのスポーツは、「パンと打ってポンと弾む」ことから、当時の日立工場長であった高尾直三郎によって『パンポン』と名付けられ、正式なルールも設定されることになりました。一企業の社技として生まれたパンポンは、どこでも、誰でも気軽に楽しめるスポーツとして、今では一般にも広く浸透。小・中学校のクラブ活動や、子供会の行事などにも取り入れられ、多くの人に親しまれています。

ご当地である日立市では、昭和55年(1980)から市民参加によるパンポン大会(シングル、ダブルス、ミックスダブルス)が開催されるなど、年々、そのスポーツ人口は増加しています。平成18年(2006)の第27回大会には、なんと330名もの人々が参加し、有意義な汗を流しました。

それぞれに宿る『パンポン』の魅力

ここでパンポンの魅力を探ってみましょう。初心者の誰もがすぐに楽しめる間口の広いレクリエーション…ではありますが、同時に深い競技性も秘めています。可愛らしいネーミングを持つパンポンは、上達するほどに、ハードな程の爽快さを味わえる、実は立派な“スポーツ”でもあるのです!

実際、プレーしている方たちに、パンポンの面白さを語ってもらいました。「屋内外を問わず簡単に準備できて、かたづけも簡単」、「家族みんなで楽しめる」、「短時間で多くの運動エネルギーを消費できる」、「初対面の人とでも親しく交流できる」、「意外と難しくてやりがいがある」、「汗をかいてスッキリできる」などなど…。多様なコメントからも、様々な楽しみ方が潜んでいるスポーツだということが垣間見えてきます。

現在では、他県において、体育指導員・研修会に取り上げられたり、愛好家を増やすなど、全国規模での広がりを見せつつあるパンポン。また、英語や中国語での公式ルール説明書を作成し、来日する外国の人々への普及も進んでいます。このままいくと、茨城が発信地となるパンポンの、世界選手権開催や、オリンピック競技になって、世界中の人々に愛され、そしてプレーされる日がくることも、決して夢物語ではないかもしれませんね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>