アナタなら、どんな“いなり寿司”を考えますか?

笠間いなり

【第8回 笠間いなり寿司コンテスト開催】

平成25年10月13日(日) 11:00~

茨城県笠間市笠間2345

笠間芸術の森公園 ( 「笠間浪漫」会場内 )

いなり寿司

審査に参加できます!

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書類審査を通過したレシピを忠実に調理。

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気に入ったいなり寿司に投票しよう!

まずは、みんな応募してね。

 

<第8回 笠間いなり寿司コンテスト>

http://www.city.kasama.lg.jp/ss_info/inarizushi/other/contest.htm

<プラザ荒川沖> ⇒ http://www.arakawaoki.co.jp/

 

 

 

 

 

 

 

 

茨城・笠間つつじまつり (~5/12まで)

つつじ3

笠間つつじ公園の約7haの園内には、

様々な品種・約8,500株のつつじが植えられており、

最盛期に小高い山一面が真っ赤に染まる風景は見ごたえ十分です。

ゴールデンウィーク中には様々な催事を予定しております。

↓↓ ※ 笠間つつじまつりの模様です!!

http://youtu.be/KjyCZjyn7ys

世界一の陶器が笠間にあった!!

花瓶フクダ

茨城県に、日本の伝統の技を駆使して作り上げた“世界一”があります。

それは、世界最大の『 巨大花瓶 』。

最大で、高さが10.7メートル、直径約2メートル、重さは6.5トンという大きさです。笠間市内を走る国道355号沿いや、北関東自動車道の笠間パーキングエリアにも設置されているので、見覚えのある方も多いのではないでしょうか。

でも、こんな大きな花瓶、一体誰が、どうやって作っているのでしょう?

< 製陶ふくだ >

この巨大花瓶を製造しているのは笠間市にある『製陶ふくだ』の福田実さん。

製陶ふくだは1796年(寛政8年)に創業し、さまざまな笠間焼の陶器を作り続けてきた老舗の窯元です。最初に製作した巨大花瓶の窯出しは1990年4月。それ以来、7本の巨大花瓶を生み出し、現在は8本目の製作に取りかかっています。

『 世界最大の花瓶   』

もちろん、普通の窯に入るサイズではないので、作り方も独特です。

まず、直径1.5メートルのロクロの上に10センチメートルずつ粘土を積み上げます。そして粘土が乾燥するまで約3日間待ち、その上に粘土を積み重ねること約130回。日数にして、約400日はかかる作業です。成型が終わったら、足場のあるうちにコンプレッサーで約60キログラムの釉薬(うわぐすり)をかけ、周りをすっぽりと覆った窯で焼き上げます。

焼くと言っても、これだけの大きさになると大変です。4種類のバーナー12台とガスバーナー10基を使い、石油ドラム缶30本、重油38本、プロパンガス500キログラムで、12日間焼き続けます。焼いている間は、24時間、火の管理を怠ることはできません。

こうして、全行程を終了するまで約20か月。作り方のコツは、花瓶を窯出しする最終作業から考えることだと福田さんは言います。また、粘土は乾燥すると縮み、高さが沈みます。しかも、沈み方はその時の気温や湿度に左右されるので、計算通りには行きません。知識と技術に裏付けられた長年のカンが最も重要になるそうです。

< 世界の焼物博物館   南米ペルーの国立博物館にも設置 >

製陶ふくだの福田実さんは、笠間焼の可能性を大きく広げた職人の一人。いまから40数年前、日本的な日用雑器だった笠間焼で、コーヒーカップやビールジョッキを作り始めました。当時は水戸市にも喫茶店が数店しかなかった時代。もちろん、そう簡単には売れませんでした。でも福田さんは諦めず、数々の展覧会に出品し続けたと言います。すると、あるアメリカ人の目にとまり、輸出が決定。かなりの数量を販売することができたそうです。

巨大花瓶を作ろうと思ったきっかけは、ドイツの哲学者ニーチェの影響だと言います。

人は誰でもいずれは死に至ります。それを常に意識し、残された時間の中で自分にできることは何なのかを考えたとき、巨大花瓶の製造に思い当たったそうです。

こうして製作された巨大花瓶は、海を越えて南米のペルーにも設置されています。ペルーでフジモリ氏が大統領を務めていた時代、日本と国交が閉ざされた時期がありました。それを悲しんだ福田さんは、日本とペルー両国のために、巨大花瓶を送ることを思い立ちました。

そして、それを日本のペルー大使に伝えると、フジモリ大統領が大変喜び、ペルーの国立博物館に設置を決定。ペルー最大最古の新聞エルコメルシオでもトップ記事として紹介され『巨大花瓶、二つの国家を一つにする』と、大々的に報じられました。

「日本の国宝や重要文化財の多くは、無名の職人が作ったもの。長い歴史の中でその価値が認められ、自分の作った陶器が国宝になったら嬉しいですね。」

と、福田さんは語っていました。