茨城から世界へ!日本で最初のホームページを発信!!

サーバー

日本人として初めてWWWと出会った森田洋平博士

インターネットが日常的な存在になっていることは、

このサイトにアクセスしている皆さんならご存知ですよね。

でも、日本で初めてのホームページが、

茨城県から発信されたことはあまり知られていないようです。

日本初のウェブサイトを立ち上げたのは、

茨城県つくば市にある『文部省高エネルギー物理学研究所(KEK)』

(現在は『大学共同利用機関法人・高エネルギー加速器研究機構』)。

1992年9月30日に、当時、計算科学センターに所属していた森田洋平博士の手で、世界中にホームページが発信されました。 このとき登録されていたワールドワイドウェブ(WWW)サーバーは、まだ世界中に10数台ぐらいしかなかったということです。

森田博士がWWWという言葉を耳にしたのは、1991年にアメリカ・ダラスで開かれた高エネルギー実験のソフトウェア担当者の会議でのこと。スイス・ジュネーブのCERN研究所の研究員が、WWWを開発した話をしていたのです。当時のインターネットで流通していた情報はテキスト主体で、ちょっとした情報を手に入れるにも複雑なコマンドを覚える必要がありました。しかしWWWはこのような手続きを、

「リンクをたどれば情報が手に入る」という簡単かつ直感的な概念に置き換えたのです。

森田博士は「便利な道具ができたなぁ」と思い、KEKに帰ってから同僚に報告しました。しかし、そのときはまだ、KEKにWWWを導入するすることは思いついていなかったそうです。

<茨城から世界に向けてホームページを発信 >

日本で最初のwwwサーバ    WWWの概念は1989年にTim Berners-Lee博士によって提唱され、スイス・ジュネーブのCERN研究所でプログラムの開発が始まりました。森田博士は1992年に、フランスで開かれた国際会議の後に立ち寄ったCERN研究所でTim Berners-Lee博士と出会います。そして「情報はネットワーク上でみんなと共有して、はじめて価値が生まれる。WWWはハイパーテキストのリンクで世界中の情報をお互いに結び付けることを可能にする。KEKもぜひWWWサーバを立ち上げてほしい」と依頼されました。    Tim Berners-Lee博士の話に感銘した森田博士は、さっそくCERNの端末室に出向き、ネットワーク経由でKEKにログインして初めてのHTMLファイルを作りサーバー上に置きました。それからTim Berners-Lee博士にそのアドレスを電子メールで送り、CERNのリンク集のページにKEKを加えてもらいます。

これが日本で最初にWWWの網の目にリンクされたサイトとなったのです。

その後“Mosaic”や“Netscape”などのブラウザが登場し、WWWは爆発的に拡大していきます。かつて、パピルス(紙)の発明が人類の歴史を変えたように、WWWは情報の流れを変えてしまったのです。その情報革命を、図らずも世界中に知らしめる惨事が日本で起こりました。1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災です。発生した当初、現地の模様はテレビカメラが上空から撮影する映像しかありませんでした。しかし、神戸市の職員が被災の状況を現地で撮影し、WWW上にアップしたのです。これにより災害の悲惨な状況が、リアルタイムで全世界に伝わったのです。

1997年にベルリンで開かれた国際会議に出席した森田博士は、
冷戦が終わって間もないドイツの市街地で、アメリカの宅配会社のトラックを目撃します。何気なく荷台に視線を送ると、そこにはURLが書かれていました。7年前まで情報から隔絶されていた東ベルリンで、世界中から情報とアクセスできるWWWのアドレスを目にするなんて…。森田博士がサイトを立ち上げてから5年。歴史が変るときの劇的なスピードに、森田博士はめまいにも似た感動を覚えたと言います。

≪知を蓄積したネットの海が人類の未来を創る≫

WWWは、必要な情報を必要とする全世界の人たちに、瞬時に伝える力を持っています。また、個人がテレビ局のように情報を発信することも可能にしました。WWWは、情報にかけられたさまざまな障壁を下げることに成功したのです。

しかし、人間にはポジティブな側面があると同時に、ネガティブな側面も存在します。

有害な情報やウソの情報が流出する危険も考えなければなりません。

そこで、情報を受け取る側に必要になってくるのが情報リテラシーです。

森田博士は、

「コンピュータネットワークの向う側には、人間が存在しています。だから、情報を見たときの雰囲気や文脈で、相手の個性を見抜く必要がある。そういった能力を高めるには、まず、生身の人間同士でコミュニケートする機会を増やすことではないでしょうか」と、情報リテラシーの向上についてアドバイスしてくださいました。

現在、人類の知識は電子化されてネットの海の中に蓄えられています。その海から、人類は何を享受するのか。また、どういう地球の未来を築いていけるのか…。

いずれにしても、一つだけ確かなことは、

世界はインターネットがなかった時代には後戻りできないという事実です。

私たちもネットワーク社会の一員として、

また、日本でのホームページ発祥の地の住民として、

みんなでインターネットの正しい使い方を考えていきましょうね。

成功したい人が知っとくべき「21の考え方」

1. 成功する人はお互いの違いを認め、尊重する。自分より優秀な人に出会ったら、ひとつでも多くを学ぼうと目を輝かせる。ところが、未来に対するビジョンのない人は振り向いて悪態をつくだけ。

2. 「大きなミスをしでかした部下を叱責してはいけない」「仲間はずれにされている社員と親しくなれ」。いつかきっとその人は恩に報いてくれる。

3. 失敗する人にとって変化は恐怖だが、成功する人にとってはチャンス。

4. 小さなアイデアさえあれば、誰でも一分野の先駆者になれる。

5. 成功する人には面白い人が多い。面白い人になるには、基本的に次の4つを備えていなければならない。
◦ 結論は下さないが、時事問題に精通しておく
◦ 常識をひっくり返し、ひねりを入れるユーモア感覚を持つ
◦ 軽く受け流せる楽天的な面を持ち合わす
◦ 瞬発力を持って、爆笑を起こし、会話を面白くする

6. 時間を15分単位で使うと、多くの時間を無駄にしてきたのがわかる。時間管理が身につくと、1日が長くなる。

7. これといった特技がない人は淘汰される。特技がなくても、適当な学力と常識と頭さえあればやっていけた時代は終わった。特技を選択するときには未来の予測が必要

8. 大義、奉仕精神、犠牲精神はリーダーが備えるべき基本的な資質。責任感、全体利益、犠牲心の3つを肝に銘じたら、誰でも立派なリーダーになれる

9. お金を惜しんではならないときは次のケース
◦ 能力啓発と留学などの未来に対する投資
◦ 健康に対する投資
◦ 配偶者に対する投資
◦ セミナーや集まりの参加にかかる費用

10. よく計画の立て直しをしている人がいる。仕事や勉強はせずに、いつも計画ばかり立てているように見える。だが、成功するのはそういう人。計画表を直しているうちに自分の生活と事業を振り返り、反省する。

11. 買い物は1週間延ばし、1カ月延ばして、更に来年まで延ばす。そのころになれば、あれほど買いたかったものが、本当はそんなに必要でなかったことを悟る。

12. 未来のための投資をしない人は、必ず淘汰される。

13. 服装は自分の弱点をカバーするだけでなく、長所を浮き立たせる。一度くらいはコーディネイトの勉強をしたほうがよい。

14. 成功する人は歯がきれいで堂々としている。人はうれしいことがあれば笑う。笑いが多ければよいことも多く訪れる。笑うときに笑えないようでは、顔をしかめて生きるしかない。歯には金を惜しまず使おう。それこそ効果的な投資だ。

15. 本をたくさん読む人には品格が感じられる。本を全然読まない人は、高級な服を着ていてもなんとなく軽薄に見える。

16. 仕事には困難がつきもの。困難を克服する方法として、成功する人が使うのは、質問をすること。同僚への質問、専門家への質問、違う系列の人への質問など、助け助けられて生きるのがこの世の中。

17. アイデアを見つけるには、大きく分けると次の4種類
◦ 「連想刺激法」
◦ 「発想転換法」
◦ 「情報組合せ法」
◦ 「集団発想法」

18. 一般的なアイデア発想法
◦ 「固定観念崩し」
◦ 「固定観念の回転」
◦ 「反転の発想」
◦ 「材質替え」
◦ 「用途の変換」
◦ 「より便利に」
◦ 「より安全に」
◦ 「より面白く」
◦ 「追加または省略」
◦ 「他人のアイデアの変形」
◦ 「廃品利用」
◦ 「音の添加」
◦ 「科学的な原理の接ぎ木」
◦ 「省エネ」

19. 成功する人はチャンスに強い。本能的にチャンスだと判断すれば、すべての身体器官を働かせて無我夢中に取り組む。

20. 成功する人は感情的な喧嘩を避ける。腹の立つことや不平不満があると、その都度吐き出す。頭の中がすっきりと整理されてこそ、仕事に集中できる。

21. 原始時代は力持ちがリーダーになった。現代はユーモアのある人がリーダーになれる。

以上。