日本初の本格的ソーセージを製造したのは、茨城県人だった。

ソーセージ21『 ドイツの職人から伝授された本場のレシピ 』

お弁当に、ビールのおつまみにと、いまや日常的な食べ物となったソーセージ。

美味しくて栄養価が高く価格もリーズナブルと、三拍子揃った食肉加工品として幅広い人気を得ています。もちろん現在は全国的に普及しているソーセージですが、

日本で初めて本格的なドイツ式ソーセージを製造したのは、

茨城県出身の飯田吉英(いいだ・よしふさ)という人物でした。

飯田

< 飯田吉英 >

ソーセージの製造が行われたのは1918年(大正7年)の2月。しかしそこには、少し意外な人物が関わっています。それは、捕虜として収容されていたドイツ兵です。当時、第一世界対戦に参戦していた日本には多くの捕虜収容所があり、多くのドイツ兵が収容されていました。そこに着目したのが、畜産試験場で食肉加工の研究を行っていた飯田吉英です。彼は千葉県の習志野捕虜収容所と連絡を取り、ソーセージの製造方法を教えてくれるドイツ兵を探しました。そして出会ったのが、ドイツで食肉加工業を営むカールヤーンです。カールヤーンは食肉加工技術学校を卒業したソーセージ技術職人。一緒に捕虜となっている4人のソーセージ職人と、収容所内でもソーセージづくりを行っていました。

製造所
 しかし、ソーセージの製造法を教えてもらうことは簡単ではなかったようです。
ドイツのソーセージ技術職人にとって、その製造方法は秘伝中の秘伝。
代々伝わるレシピを他人に教えるわけにはいきません。
しかし、吉英の熱意が届いたのか、
カールヤーンは本格的なドイツ式ソーセージの製造方法を伝授してくれました。
吉英はここで学んだ技術を、講習会などを通して全国の食肉加工業者に広めていきます。
これ以降、国産ソーセージが定着することとなりました。

茨城県は、ビールの生産量日本一です!!

ビール<ビール工場に最適な茨城の豊かな自然環境>

『 いばらきの豊かな水、広大な土地、首都圏への快適なアクセス 。 』

年間を通してたくさんの人々に愛飲されているビール。

居酒屋などで、「 とりあえずビール! 」 と 最初の一杯を注文する、

ビール党の方も多く見かけます。

そして、このビールを日本で一番多く生成しているのが茨城県なのです。

茨城県では日本最大級といわれるアサヒビール茨城工場(守谷市)や、

キリンビアパーク取手(取手市)など、、

大手ビールメーカーの工場が稼動しています。

では、なぜ茨城県に大型ビール工場が設置されるのでしょう?

その理由のひとつが、” 豊かな水 “。

ビールの生成には、大ビン1本あたり約6倍の水が使用されるといいます。

その点、茨城県には霞ヶ浦など水量豊富な水源があり、十分な水を確保することができるのです。

次に、” 広大な土地 “。

例えばアサヒビール茨城工場の敷地面積は388,722平方メートル(東京ドーム約8個分)と、 国内でも有数の広さを誇っています。関東平野に覆われた茨城県だから提供できる敷地面積でしょう。

そして、大きな魅力となるのが ” 首都圏への快適なアクセス ” です。

茨城県南地区は、ビールの大消費地・東京の約30キロ圏内。

高速道路の整備に伴い、スピーディーな物流を実現しています。

このように茨城県には、ビール工場を設置する最適な条件が整っているのです。